トップ画像

金達寿事典

開拓地のある村(シナリオ)
空白

 南に遠く富士山を望む「柴野村」と、村を流れる川の下流に位置する開拓地を舞台に、水田を増やすためにダムを作りたいと考える開拓地の人びとと、彼らを〝来たり者〟と呼ぶ村人との関係を描いたシナリオ。『映画評論』1960年1月号に発表。

 河森満吉は開拓地で暮らす一家の長男である。父親の甚作は存命だが、母親は彼を生んだときに亡くなった。しかし甚作が満州から引き揚げてくるときに結婚した中国人の玉真が、彼を我が子同然に育てたために母子の仲も、異母兄弟の次郎の仲も良好である。
 満吉は開拓農協で事務員をしている今井美根子に恋しており、また美根子のほうでもまんざらではない。しかし美根子の家は、河森たち開拓地の人びとを〝来たり者〟と呼んで区別し、水利権も独占する本村の有力者・今井千右衛門の分家にあたるため、満吉の両親のほうでは、今井家では二人の結婚は認めないだろうと思っている。
 ある日、河森甚作と満吉は、朝食を食べながら、今度の村会選挙に、開拓地を代表して植村作三郎が立候補するという噂について話をする。満吉はみんないつまでも下を向いていないで、言うべきことは言う必要があると考えるが、甚作は本村の人びとの神経を逆撫でしなければと心配する。
 その後、新しく飼い始めるヒヨコを受け取るため、満吉はバス停に向かう。一方、美根子も、兄の秀夫が東京から帰ってくるのを迎えるため、昼過ぎに仕事を中座してバス停に向かい、そこで満吉と出会った。やがて秀夫を乗せたバスが到着すると、バスから秀夫と彼の友人である横崎浩一が降りてきた。秀夫は満吉に頼まれていた本を渡し、横崎と美根子の三人で話をしながら、本家に挨拶に向かった。その後、横崎は、村で農作業の仕事をしつつ、満吉たちのために読書会を開いて弁証法などについて教えるなど、新しい考え方を村に持ちこむ役割をする。
 本家では千右衛門や彼の長女の初枝が出迎えてくれたが、挨拶もそこそこに千右衛門は自動車に乗って元県議の蛙田宗八を迎えに行った。彼らは今度の村会選挙で千右衛門を当選させるべく彼を持ち上げ、同時に〝来たり者〟の植村が立候補しそうだという話をする。植村は昨年、村を流れる小出川にダムを作って新しく水田を作るべく、農林省を動かして実行寸前までいったが本村が水利権を主張したために失敗しており、今度は村の人びとを動かしてそれを実現しようというのである。
 それから数日後の夜、開拓農協の集会場に横崎や満吉など、村の青年10人ほどが集まり、水利権の風習を打破しなければならないと話をする。そこに植村がやってきて、新たな5ヵ年改善計画の案を皆に示す。
 その後、満吉と美根子の関係は深まり、周囲の者に知れ渡るようになった。また美根子の家では満吉との結婚に賛成である。しかし美根子の兄の耕三が二人の結婚を認めるよう千右衛門に話をしにいくと、千右衛門は激しく彼らの自由恋愛を否定し、さらに自分の選挙に不利になることを恐れて美根子を蔵に閉じこめることを思いつく。しかし耕三からその話を聞くと、美根子は自分から進んで蔵に閉じこめられる。千右衛門は美根子に結婚を諦めさせようとするが、彼女は持ちこんだノートに「封建制反対」などと書いて突きつけるなど屈することなく、ついにはハンストまで始めてしまう。さらには本村の人びとも、ダムを作るという植村の案に賛成するようになり、千右衛門はますます劣勢に立たされる。
 そして選挙当日。植村は見事に当選する。一方、千右衛門の心境にも美根子の恋愛結婚を認めはじめたり、彼女の姉の初枝にも恋愛結婚をすすめるなど、じょじょに変化が訪れる。横崎は植村の当選を見届けると、東京に帰っていった。

 「開拓地のある村」は、一読してわかるように、本村と開拓地(〝来たり者〟)、今村千右衛門(水利権の独占)と植村作三郎(ダムを建設して開拓地を増やす)、千右衛門(本家・家のための結婚)と美根子(分家・自由恋愛)、村の人たち(日本人)と玉真(中国人)など、いろいろな関係をとおして封建制が打破されていく様子が描かれている。しかし残念ながら、シナリオを読むかぎり、それらは図式的であり、封建制の打破も観念的なスローガンにとどまってしまっているという印象が強い。
 ちなみに、このシナリオに登場する非日本人は中国人の玉真だけで、朝鮮人は誰もいない。また話題の中に朝鮮人が出てくることもない。おそらく金達寿の文学作品において、唯一、朝鮮人が登場しない作品だと思われる。

ページのトップへ戻る
inserted by FC2 system