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金達寿事典

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(1) 李萬相と車桂流
(2) 続・李萬相と車桂流
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萬相と車桂流(小説)
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 李萬相と車桂流が鎌倉に開業した漢方薬の素人医院の顛末を描いたもの。『民主朝鮮』1947年9月号に金達寿の名前で発表。以下のあらすじは初出にもとづく。

 玄八吉は朝鮮での小作人生活を地主に見切ってもらい、「内地」に渡って2年になる。彼は屑拾いを始めてすぐ、「内地人の生活は、豊富で有り余っている」ことに気づき、捨ててありそうなものを片っ端から拾っては売るという生活をしていた。その中には窃盗にあたるものもあったが、盗みといえば近所の家の柿をもぐぐらいしか知らない彼には窃盗という観念がわからない。しかしある時、警察に捕まってしまい、しばらく留置場に入れられてしまう。その後、彼には道端にあるもののどれが捨ててあるものなのかがわからなくなってしまい、屑拾いを廃業する。
 李萬相は関東某町のある土木工事現場で、ようやく「飯場」(宿舎)を持つという望みを叶えたばかりだった。組の親方も土木請負を始めたばかりのいい親方で、萬相は今度こそ一儲けして、あわよくばこのまま祖国へ帰ることもできるかもしれないと思っていた。
 ところが勘定の日になって、組の会計係の若い男が金を持ったまま町の料理屋の女と駆け落ちしてしまったため、支払い能力のない組はほとんど崩壊したも同然になってしまった。
 途方に暮れる萬相に、「飯場」の帳付けをしている車桂流が、一緒に「肺病」(肺結核)専門の漢方薬の医院を開き、自分が薬を調合するから萬相は医者をしてくれないかと話を持ちかけてきた。彼は若い衆の誰彼なしに「東方儀礼之国の作法」や歴史を説きまくるので相手にされていないが、しかしその一方で「先生」と呼ばれるなど、妙な尊敬も受けている。
 萬相は、学はあるが来歴をまったく語ろうとしないこの桂流がどうも好きになれなかった。ところが桂流が、自分には医薬に心得があるからと医院の話を持ちかけてくると、萬相は彼にはいかにもそれらしい雰囲気があると思い、一緒に開業することを決意した。
 「飯場」に萬相の妻子を残したまま、二人は鎌倉に二階建ての家を借りると、さっそく桂流は看板にする板を買ってきて、そこに「肺病専門漢方医院 車桂流・李萬相」と達筆な字で書き、それを玄関に吊した。他方、萬相は聴診器や往診用の鞄を買い、実際に医者にかかって見よう見まねで診察の仕方を覚えたり、医者らしく見える仕草をする練習をした。
 こうして彼らのほうの準備は整ったが、肝腎の患者がまったく来ないまま、1ヶ月が過ぎてしまった。萬相はわずかな貯金や妻子のことが気になって日に日に落ち着きがなくなっていった。桂流に相談しようにも、彼はあちこちの山に出かけては薬草を採集して二階で調合し、萬相が二階に来るのを許さない。しかし事態が好転する兆しは一向になく、ついに萬相が桂流に、もう廃業しようと言おうと二階に上がったその時、桂流が一枚の紙を持って階段を下りてきた。彼が書いた広告だった。彼らはこの1ヶ月間、一度も広告を出したことがなかったのだ。
 印刷屋から広告ビラが届くと、二人は家々をまわって郵便受けや扉の間にそれを入れた。

・李萬相と車桂流(小説)
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 李萬相と車桂流が鎌倉に開業した漢方薬の素人医院の顛末を描いた「李萬相と車桂流」の続き。『民主朝鮮』1947年12月号に金達寿の名前で発表。以下のあらすじは初出にもとづく。

 広告ビラをまいて数日後、一人の女性が漢方医院を訪れた。李萬相と車桂流は初めての患者にあたふたとしながらも、なんとか診察を終えて三日分の薬を渡した。「飯場」での日取りが1円80銭だった萬相にとって、代金の30円は途方もない売り上げに思えた。その晩、二人は鎌倉に来て初めて心楽しい気持ちで食事をすることができた。
 翌日、今度は若い男が患者としてやって来た。藤木辰吉と名乗るその男は、元気に見えるが身体検査で肺病だと言われたので心配になって来たということだった。今度も彼らは診察をして薬を出した。幸いにも辰吉は、桂流の薬を1ヶ月ほど飲むと見違えるように元気になり、すると彼は二人を命の恩人とばかりに感謝して、彼らのために病人を探しだし、さらに綾子という従妹を連れてきて、住み込みで彼らの面倒を見るように手を回しさえした。
 こうして3ヶ月ほどの間に二人の生活はすっかり様変わりし、今では病院の家をまわり、帰って綾子が作ったご飯を食べるようになった。
 そんなある日、彼らは患者の一人で、熱海に住んでいる萩という「未亡人」から、自分の知り合いの跡取りの長男が重い肺病で有名な大病院に入院しているが、医者から見放されて余命もない、なんとか二人の薬の力で少しでも長く生きさせることはできないだろうかと相談された。「医は仁術」がモットーの桂流と、高い報酬が目当ての萬相は心動かされるが、辰吉は大病院を敵に回すのは危ないと大反対する。しかし結局、医者に見つからないように薬を渡して帰ってくればいいだろうということになり、二人はその病院に行き、患者を診察して薬を手渡した。
 するといつの間にか、病室に数人の医者が来ており、二人は取り囲まれてしまった。医者は丁寧な口調で二人を医院長室に案内するが、二人は猛烈な後悔に襲われる。医院長もまたきわめて丁寧な口調で二人に、あの患者はいくら分くらい薬を飲めばいいか尋ね、200円を渡し、もう来ないように言って二人を解放した。
 それから3日後、萬相と桂流は薬剤師法違反で検挙された。留置場に入れられた時、萬相は、あの医院長のためにこうなったのだと思った。

 金達寿はこの時期、自分や家族・友人たちを題材にして小説を書いており、この小説は張斗植の叔父で、金達寿宅のすぐ側で「日の丸商会」という仕切り屋を開いていた張永琪から聞いた話が素材になっている。

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