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金達寿事典

床屋にて(小説)
空白

 「私」のいきつけの床屋でのやりとりを描いた短編小説。『民主朝鮮』1946年7月号に金文洙の筆名で発表。

 「私」は横須賀の事務所に通っていたときには事務所の2,3件隣にある床屋を使っていて、今はまた別の床屋を使っているのだが、2店とも共通して不潔なことが気に入らない。特に今の店の、ひげを剃るときに使うシャボンを入れる容器はいつ洗ったものかもわからないほど汚く、前の客に使ったものを次の客にもそのまま使うという具合である。「私」は戦争中の習慣で、壷を洗ってくれないかと頼むこともできず、代わりに露骨に顔をしかめて見せたりするがいっこうに効果がない。「私」は、他の店も同じように不潔なら、少しきれいにするだけでそれなりの客は来るのではないだろうかと思う。
 「私」は床屋の主人と話をしながら、自分はいつも他の客の倍の5円を払っているんだから丁寧にやってくれという意味を込めて会話を誘導し、主人もそれに気づいたようだった。しかし残念ながら「私」の暗示が遅かったために散髪は乱雑で、しかも主人はその埋め合わせをしようと例の壷に手を伸ばした。「私」は唇を内に引っ込めてすぼめてそれを断り、1人分の料金2円50銭を渡して、振り向きもせずに床屋を出た。

 この小説も他と同様、モデルがあると思われるが、具体的なことはわからない。

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